症例: G・シェパード メス H9年10月生まれ 14歳7カ月 BW30kg ドリー
既往歴: 平滑筋腫を伴う子宮内膜過形成・・・子宮両卵巣摘出 13歳時
変性性脊椎症
変形性股関節疾患
慢性外耳炎
主訴: 最近、排尿姿勢をする回数が多いけれど、排尿量が少ない。
尿漏れもある。食欲低下。
初期治療として、脊椎症があるので神経性の尿失禁を疑い、ベサコリン(副交感神経亢進剤)の
短期間投与をしたところ、更に尿量が減ってきたので、
物理的な排尿障害の可能性を考え、レントゲン検査、血液検査、尿道カテーテルによる導尿、
を実施しました。
血液検査: 正常レベル
尿道カテーテルによる導尿:
30kgのメスのシェパードの尿道であれば、10Frのカテーテルが
スムーズに入るのですが、尿道口から8cm程のところで、それ以上挿入できません。
5Frのカテーテルに変えたところ、何とか膀胱に入りました。
そこでカテーテルから、500ccの排尿を行いました。
レントゲン検査:
カテーテル排尿前に、レントゲン撮影をしました。
尿で拡張した膀胱が見えます。
結石陰影は認められません。
膀胱三角部(尿道移行部)から尿道にかけて
不整形で帯状の不透過性陰影がぼんやりと確認されました。
ここに、炎症、あるいは腫瘍性変化が疑われました。
経過:
カテーテル排尿で、一時は食欲元気が出ましたが、
家での排尿は殆どなく、2日後は再び排尿困難による膀胱拡張
になりました。
造影検査:
そこで、再度尿道カテーテルで排尿後
ウログラフィンによる造影検査を実施しました。
造影検査でも、
膀胱頚部(三角部)の造影剤陰影の欠損像が
認められ、この部分の狭窄が疑われました。
このままだと、排尿障害が続き、
ドリーの苦痛と、尿毒症が進行してしまいます。
そこで、オーナーと相談し
原因追究(確定診断)と尿路の確保を目的に
開腹手術を選択することにしました。
ドリーは皮膚の弱いシェパードで高齢のこともあり、
下腹部に慢性の皮膚炎がありました。
合わせて、右側2~3乳腺内にくるみ大の乳腺腫瘍があります。
この腫瘍も摘出予定です。
麻酔薬の選択に充分注意しながら、麻酔導入を行いました。
切開予定部位にドレープをかけました。
左側が尾側、右側が頭側です。
切開を入れました。
膀胱を引き出して、
膀胱頚部を確認すると
ピンセットで指している部分
(尿道近位)
に硬い腫瘤が確認されました。
違う角度から見ると、 周囲の脂肪組織を巻き込んで
癒着、硬縮しているようです。
更に違う角度では
しこり状に硬結腫大して
触診で、この硬結は尿道内腔を狭窄させて
いるのが確認できました。
そして、硬結部分は骨盤内尿道にも及んでいる
ことが判明しました。
このような腫瘤でまず、疑われるのは
移行上皮癌です。
この腫瘤を全切除するには、
骨盤の恥骨の骨切りをした上で
腫瘤化した骨盤尿道を切除することになります。
切除した後の膀胱と尿道の縫合も容易ではありません。
何よりも完全に取りきれるかの保障はありません。
腫瘤部分を取り残せば、縫合部の癒合不全が起こり得ます。
そして、骨盤内、腹腔内に尿漏出が起こり、最悪のケースを招きます。
高齢のドリーのこのようなハイリスクの手術を実施することは
できない! と判断しました。
この腫瘤の組織病理検査のために
腫瘤の組織片を採取しました。
本来の尿道が腫瘤により排尿困難を起こし
その腫瘤を取り除けない以上、
別ルートで排尿させるしかありません。
手術前に、このようなケースを想定し
シリコンの胃瘻チューブを準備しておきました。
このチューブを人口尿道として
設置するのです。
白いチューブがシリコン製の胃瘻チューブです。
マッシュルームの形をした先端を膀胱に縫合し、
腹壁を通して、人口尿道とするのです。
膀胱に小切開を施し、
マッシュルームの先端を差し込みました。
切開口とチューブの太さのバランスは
良さそうです。
尿が漏れないように、
切開口をできるだけ小さく
吸収糸(PDSⅡ)で縫い縮めました。
膀胱の縫合は完了です。
次にカテーテル周囲の膀胱壁を腹壁と癒着させるため
膀胱‐腹壁縫合を行いました。
この操作により
腹腔内への尿漏れが
防止できます。
腹壁の縫合も終了し、
長く残ったチューブを皮下織に
納めるようにします。
チューブを納める予定の皮下織内に
くるみ大の乳腺腫瘍ができていたので
この腫瘍を取り除きました。
切除した腫瘍と、
切除後の皮下織の穴です。
まず、ここに向けて皮下織のトンネルを
作ります。
チューブを 写真のように
「の」の字の形になるように
皮下織トンネルに埋め込みました。
写真のように皮下織に
埋め込みました。
チューブが皮下織内でずれたり
抜けてこないようにナイロン糸で固定しました。
皮下織を閉じていきます。
皮膚も縫合して、カテーテルの
先だけ露出させて、
ここにインジェクションプラグ(蓋)をします。
排尿させるときに
この蓋を取ればいいのです。
こうすれば、
尿を垂れ流すことはありません。
仕上がった開口部分です。
手術が無事に終わり
覚醒した直後のドリーちゃんです。
ドリーの排尿困難を引き起こして苦しめていた
腫瘍を取り除くことは
できませんでしたが、
人工尿道を作ったことで
まずは、排尿することが
可能になりました。
組織病理検査の結果は
やはり、「移行上皮癌」でした。
ドリーはその後、順調に回復し
オーナーであるご主人が一日4~5回プラグを外して
排尿させています。
一回に平均200cc程尿が出ています。
ドリーは食欲も出てきて、何よりも排尿できない苦痛から
解放され、QOL(生活の質)が向上しました。
今回の手術のように
原因を取り除くことができないけれども
QOLをあげるための緩和治療が目的の手術もあります。
オーナーのご主人の目標は
ドリーに15歳の誕生日を祝ってあげたいことです。
誕生日は10月、
あと5ヶ月です。
頑張ろうね、ドリー。
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