シーズー犬のジェリーが11年ぶりに来院しました。

飼主のOさんは深い憂鬱の表情をしていました。

ジェリーを横抱きに抱えています。ジェリーはぐったりしていました。

 

症例: シーズー BW6.5kg オス 12歳10ヶ月齢   ジェリー

 

「おしりにできものができて、様子を見ていたら大きくなってしまいました。

最近では歩けなくなってしまい、食欲も落ちています。」

 

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お尻を見ると、

驚愕しました。

肛門の周囲に巨大な腫瘤が出来ていました。

 

 

 

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診た直後は、

あまりの外観に唖然とするばかりでした。

一瞬だけ重度の会陰ヘルニアかなとも疑ったのですが

触ると、明らかに硬くなった腫瘍で

肛門周囲360度に拡がり

特に左側の固まりが大きい為、

肛門の出口は右側に変位していました。

左側の腫瘤は化膿して破れ、排膿していました。

 

この悲惨な状況が

なぜ、起こったのか

聞かずにはいられませんでした。

 

事の起こりは数年前にさかのぼります。

肛門に小さなできものを見つけたので

近くにできた動物病院に連れていきました。

「良性のできものなので、様子を見ても良い。」

と言われたそうです。

(病状の説明の仕方の難しさをあらためて感じました。)

その後、食欲も元気もあったので数年様子を見るうちに

ここ数カ月で、急に大きくなってしまったようです。

 

仕事が忙しく、

病院に連れていく時間が取れないまま

それと、ここまでひどくしてしまった事の自責の気持ちもあり

病院に行き辛く、今日に至ってしまったとのことでした。

(こういったパターンは動物病院では時折、経験するのですが・・・)

 

さあ、どうしよう・・・

ジェリーの治療プランを立てる必要があります。

血液検査、レントゲンで現状の把握をして、転移所見がないかも

確認が必要です。

 

 

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腹部のレントゲン所見では

腰下リンパ節の拡大はなく

腹腔内にも腫瘤病変はありません。

 

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胸部レントゲン所見です。

心臓の軽度拡大所見はありますが

転移を疑う陰影は認められませんでした。

 

血液検査所見です。

HCT 36.3%

WBC 27800 ↑

Glu 86  BUN 49.1 ↑  Cre 1.5

GOT 81 ↑  GPT 315 ↑  ALP 1392 ↑ T-Bil 1.7 ↑

TP 6.8 Alb 3.1

Na 135↓ K 3.4↓ Cl 103↓

 

中等度の肝機能障害と脱水が確認されました。

 

まずIVカテーテルを血管に留置し

脱水改善と肝機能障害治療の目的で

点滴を開始しました。

化膿病変もあるので、抗生剤としてセファメジンを点滴に加えました。

 

 

 

 

 

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3日間、点滴を続け

ジェリーは食欲を回復し

顔つきも生気を取り戻し、

目の輝きも出てきました。

排便と排尿は現時点で問題ないことも

確認しました。

 

この時点で、この巨大な腫瘍をどうするか?

オーナーと選択肢について話合いました。

1、高度医療施設において放射線治療を実施し、

  縮小したところで、可能であれば肛門を温存した外科治療。

2、当院にて、肛門を含めた腫瘍の全摘出を実施。

   但し、肛門括約筋も無くなるので、術後、排便の切れの問題が生じる。

3、腫瘍の摘出をあきらめて、内科的対症治療のみ行う。

 

1、については費用面、県外施設への交通手段などハードルが高く

  選択肢から外され、結論として、2、ということになりました。 

 

来院から6日後

脱水は改善され、肝機能障害の回復が見られたので、

腫瘍摘出手術を実施しました。

 

 

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ジェリーには麻酔がかけられ、

うつ伏せの状態で手術台に保定されました。

手術部位は消毒が施されました。

 

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手術部位の拡大像です。

肛門の中は殺菌水で浣腸し

洗浄後にひも付きのタンポンを挿入しています。

 

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術部の周囲を滅菌ドレープで被いました。

 

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腫瘍と正常組織の境界を確認し、

正常組織側で遊離しやすい部分から

切開を入れていきました。

 

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出血をコントロールしながら

切開と剥離を進めていきます。

 

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だいぶ剥離が進みました。

 

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全周の剥離ができました。

この次に、結腸全層の引き抜きを

行います。

 

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直腸全層を周囲皮下組織と剥離していきます。

(直腸引き抜き術)

 

 

 

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十分引き抜いた上で、

直腸断端部を切り落としますが

出血を最小限にするために

止血帯を付けました。

 

 

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直腸断端を切断します。

 

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腫瘍が完全に切除できました。

 

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残った直腸断端と皮膚を縫合しますが

直腸が引き込まれないよう、

断端部より数センチ奥のしょう膜 と

皮下織を縫合固定します。

 

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直腸開口部の皮膚の上下は

ナイロン糸で縫合します。

 

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直腸断端部の縫合は円形に

PDSⅡ吸収性縫合糸で縫合しました。

これで、終了です。

 

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切除した腫瘍は何だったのか?

 

病理検査の結果は次の

ようでした。

 

病理組織学的診断:    肛門周囲腺腫

 良性の腫瘍性病変である肛門周囲腺腫が

認められました。

腫瘍境界は明瞭で、完全に取り切れており

悪性所見はありません。

 

 

もっと小さい病変の時に切除しておけば

肛門を取る必要もありませんでした。

同時に去勢しておけば、再発もなかったでしょう。

 

肛門周囲腺腫はオスのホルモン依存性だからです。

 

ジェリーもこの手術時に去勢したことはいうまでもありません。

 

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手術3日後です。

排便は順調にありますが、

最後の切れがないので

便が直腸に少し残ることがあります。

その時は、ティッシュで拭きとります。

 

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この日のジェリーがやっとカメラ目線

で撮らせてくれました。

 

食欲は極めて旺盛、

無事、峠を越えて、飼主のOさんも

ほっと、胸を撫で下ろしました。