いつも元気一杯だったフラットコーデット・レトリバーのクーが突然、弱ってしまった、と朝一番で抱かれるように連れて来られました。

症例: フラットコーデット・レトリバー オス 10歳 BW35.6kg  クー

主訴:

話の内容はこうです。

昨日の昼まではいつもと変わりなし。

昨日夕方、いつも通り散歩に行く。

途中、後足を爬行したので、おかしいと思っていたら急に動きが悪くなり、歩かなくなった。

帰ってからも元気食欲なく、一晩を過ごした。

今朝はヨタヨタしている。嘔吐1回。

 

いつものハイテンションのクーを知っているだけに、様子は尋常ではないことが想像できました。

 

すぐに、血液検査、レントゲン検査、エコー検査を実施しました。

 

 

血液分析: HCT 51.0%  WBC 27200↑ PLT 11.4×10⁴

        Glu 72  BUN 33  Cre 1.2  GOT 102↑ GPT 558↑ T-Bil 0.2 ALP 198↑

        T-Pro 4.6↓  Alb 2.1↓  CPK 961↑

        Na 139  K 4.5  Cl 133

レントゲン検査:

 

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心臓の陰影は拡大し、丸みを帯び球形の輪郭を示しています。

この陰影は心臓自体の拡張というより、心臓を包んでいる心外膜腔内の液体貯留所見です。

そこで、エコー検査で液体貯留の確認をすることにしました。

 

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心臓壁の外側の心外膜腔内に液体貯留が確認できます。(心嚢水)

この低エコー所見(黒く写る)は、このエコーレベルからすると、

漏出液ではなく血液が考えられました。

 

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心電図では異常な波形を示しました。

Ⅰ誘導ではQRS幅が延長し、心室内ブロックがあります。

T波が高く、やや2段性の異常T波です。

Ⅱ誘導では低電位が認められます。

また、心拍数162と頻脈でした。

 

この結果から、

心タンポナーゼと診断しました。

 

このままでは、現在の症状から考えて今日中にも急性心不全で命を落とすことになりかねません。

 

そこで、エコーで確認しながら胸壁から針をさし、心嚢液を抜く「心膜穿刺」を実施することにしました。心臓に向かって直接針を刺しますので、危険は伴います。

しかし、現在の状態では救命するために必要な処置です。

 

止血剤を投与し、

心膜穿刺の準備を始めているうちに、

更に状態は悪化し、可視粘膜色は血色を失ってきました。

血液再充満時間は2秒以上と延長し、心源性ショック状態です。

 

 

 

 

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まず、穿刺予定部位の皮膚、皮下織、胸筋にリドカインで局所浸潤麻酔を行いました。

5分後、皮膚に小切開を行いました。痛みはないようです。

そして、エコーのプローブ を胸壁にあて、エコー画像をガイドにしながら

心嚢内に14Gの留置カテーテルを刺入しました。

血液があふれてきたところで、内針を抜き、延長チューブにつなぎ吸引を始めました。

 

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延長チューブを通して助手が血液を抜いています。

声をかけながら、吸引できているか確認をします。

 

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クーは心嚢内の血液が抜けてくるにしたがい、

心臓が楽になってきたようで、眼を閉じておだやかな顔つきになってきました。

 

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血液は130cc抜けたところで、吸引できなくなりました。

まだ、貯留していると思われましたが、カテーテルの先を慎重に移動しても

抜けてきません。これ以上、カテーテルを心嚢内に入れていても危険と考え、

この時点で、カテーテルを引き抜きました。

この場合、残っている血液はカテーテルで開いた穴から胸腔内に流れ出るのを

期待します。

 

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吸引で来た血液です。

この血液のHCTを検査したところ、52.9%で、末梢血とほぼ同じでした。

これにより、心臓(多くは心房)の一部が破れて出血したと考えられました。

 

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心嚢内血液の細胞診では、広い細胞質をもった大型の単核、あるいは2核の

細胞が散見されました。

この所見から、心臓腫瘍(血管肉腫が最も多い)が疑われました。

 

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クーの可視粘膜はピンク色に改善し、血液再充満時間(CRT)も1秒と正常に戻りました。

 

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心膜穿刺後の心電図所見です。

心拍数は110と減数し頻脈が改善されました。

Ⅱ誘導の低電位は正常化され、QRS幅は穿刺前より減少し、T波も正常波形に戻っています。

この波形から、あきらかに心臓の負担が軽減されています。

 

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穿刺後のレントゲン所見。(側面像)

本来の心臓壁の輪郭が認められています。

心臓陰影と重なる肺血管の走行も明確に見えるようになりました。

 

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背腹像では、右心側で心嚢液が除去され、心臓壁が明確になっています。

左心側では心臓壁が不明瞭になっていて、これは心嚢液(血液)が左胸腔に漏れ出た

為と思われます。(心膜穿刺は左胸壁から行いました。)

 

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クーはその日は疲れたのか、横になっていましたが、

翌日はケージドアを開けると、飛び出てきました。

顔つきも生気を取り戻し、昨日の虚脱状態が嘘のようです。

心タンポナーゼが心膜穿刺によって、急速に改善したからです。

しかし、原因論的には心臓腫瘍が強く疑われるため、今後も予断を許せません。

飼主のIさんにも理解していただき、止血剤、強心剤中心の内服薬を処方し、この日に

まずは、退院としました。

 

今回の症例を整理してみます。

心タンポナーゼ・・・心タンポナーデとは、心臓と心臓を覆う心外膜の間に液体が大量に貯留するこ    とによって心臓の拍動が阻害された状態である。容易に心不全に移行して死に至るため、早期の解除が必須である。

 

心タンポナーゼの原因が出血の時は?・・・頻度が最も高いのは血管肉腫です。多くは右心房壁、とくに右心耳に発生します。

その他の腫瘍としては心基部腫瘍(ヘモデクトーマ)、心膜の中皮腫などがあります。

その他の非腫瘍性では重度の僧帽弁閉鎖不全(MR)から起こる右心房破裂、凝固障害等 があります。

エコー検査で、腫瘍の確認をします。

(今回、クーではまだ確認できていません。)

確定診断は、外科的開胸による細胞診断が必要です。

予後は、長期的にはよくありません。現実的に切除が難しいこと、有効な抗がん治療が報告されていません。

 

今後もクーについては注意深い観察と定期的検診を続けていく予定です。