昨年の9月から約1年にわたり慢性の嘔吐を繰り返していたM・ダックスが、7月31日に体重減少を伴う嘔吐を主訴に再来院しました。

症例: M・ダックス 2歳3か月齢 メス BW3.55kg  BCS2 ビビ

 

プロフィール: H20.9月 1週間前から時々嘔吐、食欲元気あり、 BW4.02kg

         血液検査:正常範囲  レントゲン検査: 胃腸内のガス量やや増加

         診断: 胃腸炎

         治療: 輸液、制吐剤、内服(整腸剤、胃腸粘膜保護剤)

              療法食 i/d

    その後、治療により症状が改善されたが、週に1~2回、あるいは月に2~3回の頻度で

     嘔吐が繰り返されていた。

     飼い主Yさんに異物摂取の可能性を尋ねたが、「あり得ない」と主張されるので、

     造影検査は実施していなかった。

 

現症: 血液検査で黄疸、エコー検査で胆嚢腫大が見られました。

血液検査: HCT 45.2% WBC 27200↗ TP 6.9 Alb 2.4

       BUN10  Cre1.2  Glu121  T-Cho309  NH3 79

       GOT310↗ GPT1000<  T-Bil 2.9  ALP3000< 

  ❋ 肝機能障害、胆道閉塞疾患が疑われました。

 

びび1.jpg

 

エコー検査:

 胆嚢の腫大(49・4×36.2㎜)がありました。

 3.5kgのM・ダックスとしてはかなり拡張しています。

 胆石、胆泥、粘液腫等は見られず、胆嚢内は異常がありません。

 肝実質のエコーレベルはほぼ正常に近いものでした。

 

びび2.jpg 

びび3.jpg

 

レントゲン検査:

削痩しているので腹腔内の脂肪量が減少し、内臓の輪郭が明瞭ではありません。

胃から幽門にやや多めのガスが貯留し、ここからの通過遅延が考えられます。

異物陰影は確認できません。

 

仮診断: 

各種検査結果から、肝外胆道閉塞疾患を考えました。

肝外胆道閉塞疾患の類症鑑別(考えられる疾病)

  *胆石 *胆嚢炎 *胆管炎 *胆嚢粘液嚢腫 

  *膵炎 *十二指腸炎 *胆管・膵臓由来腫瘍 *リンパ腫  *腹膜炎

 

コメント1: 初日の時点で最も疑っていたのが、若齢のM・ダックスに最近報告が増えている

      消化器型リンパ腫でした。 幽門から十二指腸にかけてリンパ腫が発生すれば、

       圧迫性の胆道閉塞も考えられるからです。

   

 

初期治療:

 静脈ルートからの輸液治療(乳酸リンゲル、H2ブロッカー、第3世代セフェム系抗生剤、総合ビタミン剤、必須アミノ酸)、  強肝剤、 プレドニゾロン、

上記の治療を3日間実施しました。

治療の効果があり、

T-Bil 2.9→0.9 に下がりました。

再度のエコー検査では胆嚢の大きさが42.0×26.1㎜にやや縮小しました。

 

外科手術(試験的開腹術):

 この胆道閉塞疾患の原因を確定するために、開腹手術が必要なことを

飼い主のTさんに説明しました。

炎症性なのか?腫瘍性なのか?

胆道変更術は必要か?

腫瘍性ならば、切除できるのか? 抗ガン剤は効果的か?

等について充分相談し、

開腹手術を決定しました。

 

びび4.jpg

 

手術は8月6日の午後1:00から始めました。

午前中から点滴を開始して、ビビの脱水は改善されています。

 

びび5.jpg

 

胆道閉塞疾患では麻酔選択を注意します。

アトロピン、スタドールで前処置し、プロポフォールは半量で導入し、イソフルレン吸入麻酔で

維持しました。

 

びび6.jpg

 

監視モニターで心拍、呼吸、酸素飽和度、CO2濃度などをチェックします。

ビビはCO2濃度が不安定だったので、ベンチレーター(人工陽圧呼吸装置)で呼吸管理をしました。

 

びび8.jpg

 

切開部位の殺菌消毒のあと、手術ドレープをかけました。

 

びび9.jpg

 

剣状突起から臍の尾側まで皮膚切開を しました。

 

 

びび10.jpg  

 

腹壁を切開すると、腹腔臓器が見えてきました。

腫大した胆嚢が見えます。

肝臓は外観上正常範囲でした。

 

びび11.jpg

 

膵臓も肉眼上、炎症もなく正常レベルと思われました。

 

びび12.jpg

 

胃から小腸、大腸まで精査しました。

十二指腸近位が硬結し、触ると固く平坦な異物が感じられました。

その他の消化管のどの部位にも腫瘍やリンパ節の腫れはありませんでした。

 

幽門洞を切開し、異物を確認したので取り出そうとしましたが、

動きません。

 

びび13.jpg 

 

異物に癒着している粘膜組織を滅菌綿棒で剥離したところ、

異物の正体が判りました。

パンの袋を閉めるときに使う 「クイックロック」という名称のプラスチック製の板状の留め具です。

 

 

びび33.jpg

 

写真にあるこのプラスチック留め具です。

これが、十二指腸の近位に引っかかったのです。

 

びび15.jpg

 

留め具に張り付いた粘膜を更に剥がしていきましたが、

引っ張り出そうにも動かないのです。

「もしかして・・・・!!」

ひらめきました。

この留め具には切れ目があり、ここをひねって中央の穴に袋を挟み閉じるのです。

この切れ目が粘膜を挟んでしまったら・・・・ 

挟まれた粘膜は生きていますから、炎症と肥厚が起こり、中央の穴を塞ぐように

大きくなっていき、引っ張ても取れなくなります。

 

 

 

 

びび16.jpg

 

そこで、留め具をハサミで切断することにしました。

粘膜を傷つけないように、慎重に留め具を写真のように切りました。

 

 

びび19.jpg

 

すると、二つに切断された留め具が容易に取り出すことができました。

写真は切断し二つになった留め具を、本来の形に戻したところです。

 

びび21.jpg

 

切開部から腸内を覗くと、留め具に挟まれて肥厚腫大した粘膜が見えます。

 

 

びび22.jpg

 

切開部はPDSⅡ(モノフィラメント吸収糸)を使用し連続二重縫合で閉じました。

 

   

びび25.jpg

 

腫大した胆嚢内の胆汁は、23G針で10cc抜きました。

この胆汁の感受性試験 を実施するためです。

 

さて、この異物の存在で、なぜ胆道閉塞が起こったのでしょう。

 

 

びび36.jpg

 

左図は十二指腸、胆嚢~総胆管、膵臓の模式図です。

留め具が挟まったのは幽門から十二指腸近位のあたりです。

ここには、大十二指腸乳頭があり、これが胆汁の排泄口です。

ここの粘膜が留め具により肥厚炎症を起こしたので、排泄口が狭窄をおこし、

胆汁の流れが極めて悪くなったのです。

これが黄疸の原因でした。

 

びび26.jpg

 

腹壁を閉じる前に、大量の生理食塩液で腹腔内を洗浄しました。

 

びび27.jpg

 

 

腹壁もPDSⅡで縫合しました。

 

びび29.jpg

 

皮膚は医療用ステンレスワイヤーで、縫合しました。

 

びび30.jpg

 

手術が終わった直後のビビちゃんです。

 

びび34.jpg

 

翌日、入院ケージ内で写真を撮りました。

まだ、不安そうな顔をしていますが、この翌日流動食をガッツきました。

順調に回復しています。

 

コメント2

この留め具(クイックロック)をいつ飲んだのか?は飼い主のYさんとも検討しましたが、

不明のままでした。

ただ、Yさんは拾い食いには神経質になる程気を付けているようで、

考えられるのは、お姑さんと同居していた頃だといいます。

それは、1年前に戻るようです。

確かに留め具に食い込み腫大した粘膜の大きさを見ると、長期間経過しているようでした。

留め具はしばらくは胃の中にあたかもしれません。

何かのきっかけで、十二指腸近位に移動し、粘膜を挟んだのでしょう。 

 

何よりリンパ腫のような腫瘍病変でなかったことは幸いでした。

異物による腸閉塞は数え切れないほど経験しましたが、

留め具が粘膜を挟み込み動かなくなったケースは、もちろん初めてでした。

 

しかし、この仕事をしていて何十年も経っても、動物達は驚かせることをやってくれます。

飼い主も、我々獣医師も、動物達は何を飲み込んでしまうかわからないことを

改めて肝に銘じておく必要がありそうです。