経緯はこうです。

7月5日(日)に陰部から出血しているので、診て欲しいと猫が連れて来られました。

仕事場である事務所で面倒を見ている迷子猫で、今年の3月から飼育していました。

外出は自由です。最近、お腹が大きくなってきたので、妊娠を疑っていました。

 

症例: 日本猫 メス 年齢不詳(2~4歳?) BW3.12kg  もも

主訴: 昨日まではお腹が大きい以外には変わりがなかった。

    今朝早く、陰部の周囲、後足などが血で汚れ、陰部から血がポタポタと垂れていた。

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身体一般検査: BCS2.5、 腹部膨満、肛門・陰部周囲が血液で汚れている

          T38.0℃ 可視粘膜やや蒼白 

          出血は陰部から出ている

血液検査: HCT 13・8%↘・・・重度な失血 WBC 22700  

        Alb 1.9g/dl  他は正常レベル   FELV(-) FIV(-)

 

エコー検査: 胎児陰影は見られない。 

        液体と塊状物で腫大したマス陰影が確認でき、子宮と思われる。

        

 

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レントゲン検査:

 胎児は確認できず。

 子宮と思われる腫大した卵円形の陰影が結腸の腹側にみられ、小腸を頭側に変位させている。

 

仮診断:

     流産?早産?出産後の子宮収縮不全と子宮出血

治療:

  輸液、止血剤(抗プラスミン製剤、K1製剤、血管収縮剤)、子宮収縮剤、 抗生剤

 

コメント:

 HCT 13.8%は重度な貧血です。 かなりの失血が考えられました。 

 お腹に胎児が居ないので、飼い主のSさんにどこかで出産した形跡はないか尋ねましたが、

 気付かなかったようです。再度探してみるとのことでした。

 

本来なら、確実に出血を止めるには子宮を卵巣と共に摘出することですが、

この重度の貧血では麻酔に耐えられない可能性があります。

早急に手術では輸血が不可欠です。

そこで、治療プランとして以下を予定しました。

① 数種の止血剤を使った内科治療をまず行い、出血が止まれば猫の回復を待ってから

   避妊手術行う。

② 止血剤を使っても出血が止まらなければ命取りになるので、輸血を行い、明日緊急手術を行う。

 

翌日(7月6日)

陰部からの出血は続きました。

この日の血液検査:HCT11%と更に貧血は進んでいました。

輸血と緊急手術を決定しました。

 

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供血猫は当院で飼育しているミーシャです。

病院でおだやかに過ごしていましたが、「猫助け」の為に力を貸してもらうことにしました。

ミーシャに麻酔を施し、頚静脈から50cc採血して輸血バックに入れました。

 

この輸血治療をする前に確認しなければならない検査が輸血適合性をチェックするクロスマッチです。

 

ミーシャとモモのクロスマッチを行いました。

 

 

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2頭の猫の血液を血漿と血球に分離しました。

左側がミーシャ HCT(血球容積比)は48%

右側がもも   HCTは11%です。

ももの貧血がいかに重度か判ると思います。

 

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それぞれの赤血球を0.9%Nacl4.8ccに混和します。

この混濁液とそれぞれの血漿を混和した時の凝集反応を検査するのです。

 

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上から2枚のコントロールと

3枚目のクロスマッチ主テスト、4枚目の副テスト で反応を見ます。

どのスライドグラスにも目立った凝集は見られませんでした。

輸血OKです。

 

さて、ここで誰もが疑問に思うのは猫の血液型です。

 

猫の血液型:

3型・・・A、B、AB

 違う血液型に対する生来の同種異系抗体があります。

 その為、初回輸血に対する反応リスクがあります。

  (特に、受血猫がB型で、供血猫がA型の場合、不適合反応は非常に深刻になる可能性がありま  す。)

したがって、初回輸血からクロスマッチの必要があります。

ただし、日本の猫の95%はA型なので、不適合になる可能性はかなり低いと考えられます。

 

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ももに早速、輸血を始めました。

反応を見る為に始めはゆっくりと点滴していきます。

 

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すでに、ももには麻酔がかけられ、気管チューブが挿管されています。

輸血用、輸液用の2本の点滴ルートを留置して、両前肢から輸血、輸液点滴を始めています。

 

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開腹手術の開始です。

滅菌ドレープをかけます。

 

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皮膚を切開しました。

 

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子宮を露出しました。

出産後は、胎児が娩出された後の子宮は急速に収縮するのが一般的です。

この子宮は十分に収縮していません。

胎盤が遺残しているかもしれません。

 

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子宮と卵巣を型通り摘出し、

腹壁を閉じます。

 

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皮膚も縫合し、無事に手術が終了しました。

ももは手術に耐えてくれました。

 

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摘出した子宮です。

内容を確認してみましょう。

 

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切開すると、多量の血液が流れ出てきました。

腫大していた部分からは胎盤が顔を見せています。

 

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胎盤を2つ子宮から剥がしました。

分娩時に胎盤が剥がれないと、子宮の収縮が不十分になります。

子宮の収縮が分娩後出血を早期に止める重要因子です。

多量の子宮出血の理由が胎盤遺残だったのです。

 

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翌日のももです。

食欲もあり、順調な回復を見せています。

 

この症例には後述談があります。

 

手術当日、飼い主のSさんが生まれたばかりの子猫を2匹連れて来院したのです。

「昨夜、天井裏に子猫が生まれていたのを見つけたんです。気づきませんでした。」

 

 

 

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一晩放置されていたので、すでに身体は冷たくなっていました。

すぐにお湯につけて、身体を温めたあとドライヤーで乾かし、ミルクを与えました。

この後もしばらく哺乳ビンで育てることになりそうです。