4月3日早朝の7:00頃、玄関のインタホーンが鳴りました。
「駐車場に、猫が入れられた段ボールが置いてありますよ。」
朝のラジオ体操の帰りの近所の人達でした。
下に降りて確認すると、段ボールに「助けてください。」と書かれていて、捨てられた猫だと判りました。
猫は汚れ弱っていて後ろ足が動かず、一見して交通事故にあったと予想できました。
声をかけてくれた人達にお礼を言って帰っていただき、猫は病院に収容しました。
正直、こういった社会ルールに反した行為は腹が立ちます。
それでも、猫には罪はありません。
何が起こったのか、スタッフが揃ったところでまず身体一般検査と血液検査、レントゲン検査を行いました。
身体一般検査: 意識レベルやや昏迷、起立不能、左後肢痛覚(-)、右後肢痛覚(+)
(マイクロチップリーダーで埋め込み確認)
血液検査: HCT 24.2% WBC 5600 BUN 33 Cre 0.9 T-Pro 6.4 Alb 2.7
GPT 241 GOT 1000< CPK 2000<
レントゲン検査:骨盤骨折が認められた。
レントゲン検査:骨盤骨折
左側腸骨体骨折、 右側仙骨腸骨結合部の剥離骨折、恥骨骨折
検査結果から、交通事故による受傷は明らかでした。
特に、骨盤骨折は左側後肢の深部痛覚がなく完全に麻痺していて、坐骨神経の重度の損傷が疑われました。
全身のレントゲン写真で頸部にマイクロチップが確認できます。
リーダー(読み取り機)でID番号が表示されたので、登録者が判明しました。
2006年10月生れ 雑種猫 チビ 避妊メス 飼い主 S
早速、電話すると、登録者のSさんは旅行中で、旅行先からの会話になりました。
実際に面倒をみて餌をあげているのは近所のOさんということで、Oさんに連絡してくれという返事です。
よくある「地域猫」であることが判りました。
静岡市では「野良ネコの避妊手術補助金制度」があり、
「地域猫」はこの制度を利用するケースが多く、この場合の条件がマイクロチップ埋め込みなのです。
チビもこの制度を利用したので、マイクロチップが埋め込まれていたのです。
Oさんに連絡をとると、困惑した返事です。
数日前から、姿を見せなくなっていたようでした。
事の顛末は交通事故に遭い動けなくなったこの猫を、第三者が病院に運んで黙って放置したようでした。
Oさんは「餌は与えているが、飼い猫ではないので・・・」をしきりに強調されます。
この後の治療処置の費用を含めた責任に重荷を感じているようです。
動物の治療は、所有者の依頼があって行う行為です。
ノラ猫や、飼い主が特定されない負傷動物が保護された時には、獣医師の判断で、適切な治療処置を行うことになります。
しかし、所有者が不明のまま状態が重篤で医療費が高額になりそうな場合や、精一杯の治療を施しても麻痺になったり、介護が必要な障害が残りそうな時は、やむを得ず安楽死の選択も迫られます。
ですから、いわゆる「外猫」でも動物に餌をあげてる方は、最悪のケースも踏まえた責任を持ちながら管理して欲しいのです。
この骨盤骨折を整復するには外科手術が必要です。
手術しても麻痺があるので、その後も歩けないかも知れません。
Oさんに状況を説明し手術の同意を求めました。
同意が得られなければ、この猫の所有権を放棄してもらうようにお願いしました。
Oさんはこの猫(チビ)に飼い猫と同様の愛情を持っているようで、ご主人とも相談の上で費用面での負担を病院が殆ど賄うことで、出来るだけの治療をする結論になりました。
骨盤骨折の整復手術(左右両側からのアプローチ)
4月4日(土)、一般診療が終わった17:00過ぎから、獣医師含めスタッフ6名のチームで手術を担当しました。
脳神経障害が考えられたので、麻酔は脳圧に影響する鎮静・導入剤は避け、ブトルファノール、ミダゾラムで前処置し、イソフルレンで麻酔導入しました。
1R 右側の腸骨仙骨結合部の整復
右側腰部の毛刈り、剃毛をし、術部の消毒準備。
直腸内にプラスチックのスピッツ管を挿入し、骨盤腔を確保しました。
手術ドレープをかけ、準備完了です。
腸骨体のやや背側を切開していきます。
腸骨翼が露出してきました。
仙骨側も露出していきます。
腸骨との結合部(耳状面)を確認します。
腸骨翼を骨鉗子で掴み、正しい位置までストレッチします。(周囲の筋肉群の硬縮が始まっている為)
腸骨側の結合部(耳状面)と仙骨側の耳状面にドリルで穴を空けます。
腸骨耳状面には2mmのタップでねじ切りをしておきます。
正しい位置に整復したところで
2mm用六角ドライバーを使って、2mm×14mmのスクリューを挿入します。
スクリュー固定ができました。
固定の問題点として、ドリルの穴が大きすぎるとねじ穴が馬鹿になってしまうので、
スクリューの径とドリルの穴のバランスに細心の注意を払います。
この固定に2本のスクリューを使いたいところですが、猫では1本が限界です。
固定後は皮下織を縫合します。
皮膚を縫合し、右側は終了しました。
2R 次は、左側です。
こちらは深部痛覚が失われていて動かないかも知れませんが、骨折した腸骨が大きく変位しているので、可能性を期待してプレートによる整復を行います。
左側も新たなドレープを使い、消毒準備を十分行います。
左側は、腸骨体の腹側をアプローチしていきます。
臀筋群が露出の邪魔をしているので、大転子付着部から切断しました。
骨折した腸骨を露出し、本来の位置に整復した後
準備したプレートをあてはめ寛骨臼側を固定しました。
腸骨翼側にもスクリューを2本使い、固定しました。スクリューは2mmと2.7mmを併用しました。
切断した臀筋を元の位置に縫合し、閉創していきます。
皮膚を閉じて終了しました。
終了後の覚醒を待つ間の様子です。
長時間を要したので、脳神経のダメージが少し心配です。
術後の整復された骨盤のレントゲン写真です。
完全とは云えませんが、9割の整復と骨盤の広さは十分確保できています。
術後、覚醒してからのチビの様子はあまりかんばしくありませんでした。
脳障害と思われる後弓反張が断続的に発現しました。
点滴を続けた4日目に身体を丸めるようになりました。
5日目には自分で餌を口にして、飲み込めるようになりました。
その後食べることに関しては量も増え問題はなくなりましたが、
後肢の状態は左足の麻痺は回復せず、筋肉の進展状態の硬縮が出てきました。
(伸びたまま、硬くなってきている)
リハビリ治療では、低周波とレーザー治療、マッサージを実施しています。
神経障害の治療は長期間になることが多いので、
少しでも可能性があるなら・・・の気持で、スタッフがローテーションでリハビリ治療を続けています。
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